「イルぅぅぅぅぅぅ!!何で?どうして目が覚めないの?
このくらいの痛みじゃ駄目なのぉ?
・・でも、でも、夢なら痛くないはずじゃ・・?」
完全に恐怖に支配されてしまった渚は頭を抱えてその場にぺたんと座り込んでしまった。
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「もしもし、お嬢さん・・・どうしたんですか?」
やさしそうな男性の声にふと渚は見上げる。
そこには濃紺のローブをまとった長身の男性が立っていた。
整った顔、紫色の瞳、腰まである長く柔らかそうな銀色の髪、そのやさしそうな微笑みと妖し気な視線に、渚は徐々に思考力を失っていく・・・。
「あ・・・あの・・・・あ、あなたは?」
半分夢見心地で訊ねる。
「私は、ゼノーと申します。道にでも迷われたのですか?こんな深い靄の中をお嬢さんのような方がお1人で歩かれるのは危険ですよ。私がお送りしましょう。」
「ど、どうもありがとうございます。あ、あの私、渚と言います。」
ゼノーはやさしく渚の手を取るとそっと引き起こす。
「渚さんとおっしゃるんですか。とてもいいお名前ですね。」
「あ、ありがとうございます。」
ゼノーに手を取られながら立ち上がる渚の頭からは、もはや、イルや神殿の事はすっかり消え失せていた。
その瞳に映っているのは、目の前のゼノーのみ。
渚は魔法にでもかかったようにうっとりとゼノーの瞳を見つめていた。
「さあ、こちらへ。怖がる事はありません。
何が襲って来ても、私があなたをお守りします。」
ゼノーは渚の手をそっと握り、自分に引き寄せるとやさしく彼女の肩を抱き、そのまま両腕で包み込んだ。
「命に代えても・・・我が・・闇の女王。」
心地よい声色が呪文の様に渚の心に浸透し、彼女の思考をますます捕らえていく。
渚は、夢見心地のままゼノーのなすがままになっていた。
そんな渚を見、満足気にゼノーは微笑む。
「我が闇の女王・・・・」
しっかりと渚を抱きしめたゼノーは、頬に手をやり彼女の顔を自分の方に向け、口づけするべく自分の唇を近づけていった。
「チュチュラ!チュララッ!!」
2人の唇が重なり合う直前、ブルースライムのララが渚の肩からゼノーの鼻に飛び移り、思いっきり噛みついた。
「痛っ!な、なんだこれは?・・・・ス、スライムではないか!」
思いもかけないことに驚いてゼノーはとっさにララを鼻から払う。
「チュララチュラアアアアアア!!!!」
地面に落ちたララは青色から赤色に変色し、見る見る間に巨大化し、たかがベビースライムと油断していたゼノーを渚と一緒に飲み込んだ。
「ぐっ・・・・・。」
予想しなかった展開に渚を抱くゼノーの腕の力が一瞬弱まる。
それを見逃すララではなかった。
渚とゼノーの間に自分のゼリー状の身体を滑り込ませると2人を引き離し、そのまま分裂した。
「チュララア!」
渚を包み込んだ方のララはそのままイルの元へと走る。
「ぐっ・・・ごほっ・・・ごほっ・・・く、苦しい・・・・。」
息苦しさで我に返った渚を認めると、ララは事の経過が分からず、驚いて声も出ずにいるイルの前ですうっと身体を縮め、元の小さな青いベビースライムに戻った。
「ととと・・・。」
イルは慌てて倒れかかった渚を抱きとめた。
「渚っ、大丈夫か?」
「ごほっ、ごほっ・・・・イ、イル・・・・わ、私、どうしてたの?」
靄が少しずつ晴れてくると同時に、あまり離れていない所にスライムに飲み込まれたゼノーが見えた。
「あ、あれ・・・ララ?でもどうして?」
と突然、閃光と共にララはバラバラに飛び散り、妖しげな笑みを浮かべるゼノーが現れた。
「私としたことが・・・。ここはひとまず失礼することにしましょう。
改めてお迎えにまいります、渚・・・我が・・闇の女王。」
ゼノーは渚に微笑むとすっとその姿を闇に溶かした。
「あ、あいつは、黒の魔導士!」
「えっ、ゼノーが?」
「間違いない!あの紫の眼・・あの視線・・忘れるもんか!・・・そうだ、渚、何かされなかったか?」
「何かって・・・・私あまり覚えてない。ゼノーに会って、それから気がついたら苦しくって・・・・・。」
「チュララ!」
「ララ!」
ララは、渚の手に乗せてもらうと嬉しそうに身を擦り寄せた。
「お前が私を助けてくれたのよね?ありがとう!」
「チュチュラ!」
「ララの様子だと大丈夫のようだな。見ろよ、こいつの得意そうな顔!」
「だって、イルは助けてくれなかったんだもんね!」
「俺だって必死でお前を探してたんだぞ。姿は見えないし、全然返事もしないもんだから心配したんだぞ。靄の中をあちこち走り回りながら!モンスターどもはいっくらでも出てくるし・・・・」
「私だって、必死にイルを呼んだのよ!」
「ナギ!イル!チュララ!」
「はははっ、ごめん。言い合ってる場合じゃなかったよな。」
「そうね。多分、あの靄はゼノーの魔法ね。今はなんとか切り抜けれたけど、でもまた連れに来るような事言ってたし・・・・・。でも何で私を?」
ふと渚はゼノーの視線を思い出し寒気がして身震いするのだった。
「チュラ、チュチュラ!」
「俺が守るってさ!」
「ぷっ、あははははっ!」
「チュラッ!」
「ごめん、ごめん、ララ。頼りにしてます。」
ララは、つい笑ってしまった渚を睨んだ。
「よろしく、ララ。・・・とにかく・・・・進もう。」
「うん。」
靄の中を相当走ったつもりのイルだったが幻惑に惑わされてでもいたのか、2人は未だに奥への通路の入口に立っていただけだった。
▼その12につづく…
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創世の竪琴/その12・夢でなく現実?
靄の中を相当走ったつもりのイルだったが幻惑に惑わされてでもいたのか、2人は未だに奥への通路の入口に立っていただけだった。 (前の話、創世の竪琴その11は、ここをクリック) 歩きながら渚は考えていた。 ...