「逃げろ、リー!」
鬼の形相で迫り来る村人たちを目の前に、兄、ゼノーを1人にしちゃダメだと思いつつ、恐怖に負けてその場から逃げ去るリー。
見送るゼノー。
弟のリーだけ助かるだろうことにほっとする気持ちと、それとは反対の気持ちが複雑に絡まるも、それ以上にこれから自分の身に降りかかることへの恐怖が、そんなささいな気持ちなどどこかへ追いやっていた。
闇の紫玉、その9・分かたれた道
このページは、異世界スリップ冒険ファンタジー【創世の竪琴】の番外編【闇の紫玉(しぎょく)】のページです。
闇王となったゼノーのお話。お読みいただければ嬉しいです。
(異世界スリップ冒険ファンタジー【創世の竪琴】の番外編【闇の紫玉(しぎょく)】、お話の最初からのINDEXはこちら)
執拗な双子狩り
「いたか?」
「いや、いない・・・あいつらめ・・あいつらが狼にシャンナを襲わせたんだ。」
「そうに決まってる!・・可哀相にあんなにずたずたにされて・・・」
鋤や鎌を持った村人が、2人の隠れているすぐ近くで話していた。
「ここらで見失ったんだがなぁ・・・」
「シャンナの仇だ!メッタメッタにしてやる!」
ガサガサっと村人の1人が、2人の隠れていた茂みをかき分けた。
「!」
村人と2人の視線が会った!
「いたぞ!ここだ!」
叫ぶ村人、その叫びに数人が向かってくる。
「ガオッ!」
リリーとゼノアがその村人に飛びかかる。
「ぎゃあっ!」
「う、うわっ!狼だ!やっぱりそうだ!」
駆け寄ってきた村人が大声を上げる。
それは村人にとって決定的な証拠だった。
彼らは、もはやこれっぽっちも疑わなかった、シャンナが双子によってけしかけられた狼に殺された事を。
「リー、早くっ!」
リリーとゼノアが村人の注意を引きつけてくれている間に、呆然としているリーを引っ張るようにゼノーはその茂みから出て、山の奥へと走った。
「に、逃げるぞっ!追えーー!」
その夜、村人は松明を掲げ山の奥深くまで2人を探す。
逃げ回っている間に、2人はリリーとゼノアともはぐれ、心細い夜を森の中で過ごしす。
いつ村人に見つかるか分からない。
生きた心地もせず、ただじっと影に潜み、夜の寒さと恐怖に震えていた。
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絶体絶命のピンチ
翌日、一睡もできなかった2人は、何とか逃げきることを考えていた。
が、地理も分からない。それでも2人は太陽で方向を確認することを知っていた。
太陽の位置を確認しながら、隠れ隠れして南へと進む。
夜の間、隠れながらリーは少しずつシャンナの事を話した。
事情を知っても、ゼノーはリーを責めるような事はしなかった。
熱を出して寝ている間、時折夢の中に出てきた少女がリーの話の少女と何故だか同じ気がしたが、ゼノーはそんな事を話すのが気恥ずかしく黙っていた。
そして、ただ目の色だけでこんな扱いを受ける事に深い憤りを覚えていた。
同時に、人に対する嫌悪感を、憎悪を持ち始めている自分に、はっきりと気づいた。
「いたぞ!あそこだ!」
急な斜面を下りている時だった、背後で村人の叫ぶ声がし、そしてその後に大勢の声が聞こえてきた。
「急げ、リーっ!」
そう言ってその足を早め、右に曲がった時だった、
-ガチャン-
「わっ!」
熊用の罠がガチッと転んだゼノーの右足を挟んでいた。
「兄様っ!」
リーは慌ててゼノーの足からその罠を外そうとした。
が、しっかり足に食い込んだその罠は2人が持てるだけの力を振り絞って押しても広がらない。ゼノーの足から血が滴り落ちる。
「に、兄様!」
リーは罠を広げようと、自分の手にその歯が食い込むのも気にせず力を入れた。
「わあわあ!」
村人の声が近づいてくる。
「駄目だ、リー・・外せれない!逃げろ、お前だけでも逃げるんだっ!」
痛みを堪え、ゼノーは叫んだ。
一人になるのは、たとえゼノーでも不安だった。
が、どうあっても罠は外れそうもない。
「駄目だ。兄様一人置いて行けれないよっ!」
リーのその言葉を聞いたゼノーは心の底でほっとした。
それと共にリーだけでも助かってほしいという願いもまた一緒にあった。
いくら必死に押し広げようとしても、がっちり食い込んだ罠は開かない、リーは近づく村人の声にふと顔を上げ見た。
「わああああああ!!」
そこには怒濤のように押し寄せて来る村人の群衆があった。
リーは愕然とした。
怒り狂い、叫び声をあげなから近づいてくる村人は、まるで死神のように見えた。
その手に持っているのは死の大鎌に見えた。
「あ・・・あ・・・・」
リーは真っ青になって恐怖に震えていた。
罠を持つ手から力が自然と抜ける。
「リー、いいから、逃げろっ!逃げるんだっ!・・早くっ!・・リーっ!!」
逃げれないと悟ったゼノーがリーだけでもと叫ぶ。
リーは確かにその一瞬、例え殺されるにしても、ゼノーと運命を一緒にしようと思った。
が、次の瞬間、目の前に迫る村人の狂気とも言える殺気に恐ろしくなり、いつの間にか走り始めていた。
我を忘れ、ただただ、走っていた。
「リーーーっ!」
ゼノーは足を取られたまま、走って行くリーの後ろ姿を見ていた。
その叫びの意味するものが、リーの行く手を案じたものか、自分の事か、それとも置いていったことへの恨みなのか、ゼノー本人にも分からなかった。
逃れようのない絶望感と恐怖がゼノーの全身を支配していた。
▼その10につづく…
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闇の紫玉/その10・悪夢からの目覚め
ワナに足を取られ、1人残ったゼノーを村人の狂気が襲う。 そこには理性を失った人間の怖さ、醜さだけがあった。 注意:このページでは残虐シーンの描写があります。 このページを飛ばしてお読みいただくことも、 ...