闇の紫玉

闇の紫玉/その5・消え去った希望

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リーが兄を連れ来ると言って城を出て行った後、1人考え込む老婆。
「リー」という名が心に、記憶の片隅にひっかかる。
そして、ふとその名前に思い当たる記憶がよみがえる、恐怖とともに。

闇の紫玉その5・消え去った希望

このページは、異世界スリップ冒険ファンタジー【創世の竪琴】の番外編【闇の紫玉(しぎょく)】のページです。
闇王となったゼノーのお話。お読みいただければ嬉しいです。
異世界スリップ冒険ファンタジー【創世の竪琴】の番外編【闇の紫玉(しぎょく)】、お話の最初からのINDEXはこちら

老婆の豹変

リーがゼノーを呼びに行っている間、セメはじっとイスに座っていた。

リーという名が心の何処かにひっかかって気になり、それが何だったのか思い出そうと必死に考えていた。

しばらくしてその名前に思い当たった彼女は、自分の顔から血が、さあっと引くのを感じる。

それは、忘れようと自分から遠い記憶の彼方に無理やり押し込んだもの。
が、同時に決して忘れ去る事が出来ないものでもあった。

「リー、そして、そして・・ゼノー・・」
セメは震える声で呟くとガタっと立ち上がった。

「な、何故すぐ気がつかなかったんだろう・・・
会わせては、フローディテ様に会わせてはならない・・・。」

せっかく最近は随分落ち着きを取り戻してきているというのに・・。

セメは急いで扉を閉め、閂をかけてしばらく扉を凝視していた。

が、ふと思い立ったように厨房に行き、パンの入っているバスケットを取ってくると扉を開け、そこにそれを置いて再び閉める。

幼子へのせめてもの情けとも言える。
いや、拒絶する後ろめたさからきた行為だったのかもしれない。

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-ドンドンドン-
じっと息を殺すようにして扉を見ていたセメがその音でびくっと身体を振るわせる。

「リーです。兄様を連れてきました。おばさん。」

ードンドンドン-
いくら呼んでも応答がない。

「おばさん!おばさーんっ!」

さっきはいたのに、とゼノーに言いながらリーは扉を叩きながら呼び続けた。

中ではセメが早く立ち去ってくれることを祈りながら扉を凝視して立っていた。

「リー・・・」
ゼノーが扉の片隅にパンの入ったバスケットが置いてあるのを見つけ、全てを悟ったようにリーの名を呟いた。

「さっき僕が食べたパンだ・・・。」

さすがのリーも全てを察し、扉を叩くこともセメを呼ぶことも止め、リーはゼノーの指し示したそのバスケットをじっと見つめた。

2人はしばらく黙ったままじっとパンを見ていた。
それが2人へのせめてもの情け。精一杯の気持ちなのだと、幼いながらも悟る。

狂気に侵された母親

「どうしたのです、セメ?さっきから外が騒がしいようですけれど。」

中から老婆ではない女性の声がする。
咄嗟にリーは扉の前に立ち、そして呼んだ。

「母様!」
その途端、フローディテの全身が硬直した。
彼女はその声だけで、それがあの忌まわしい我が子だと悟った。

穏やかだったその青い瞳が恐怖の色に染まり、徐々に焦点が合わなくなってくる。

「あ・・・あ・・・・」

「フ、フローディテ様!」

セメは、こめかみを押さえ狂気へと走っていくフローディテを抱きしめ叫んだ。

「こ、侯爵様が・・あ・・あ・・悪魔の、悪魔の目・・・いや、いやあああああ!」

セメの腕を振りほどき彼女を突き飛ばすと、フローディテは目の前だった扉を開け外に、リーとゼノーの目の前に飛びだした。

「か、母様?」

「ヒィッ!」

何が起こっているのか全く分からない二人は呆然とそこに突っ立ち、恐怖で引きつったフローディテは、ゆっくりとゼノーを指さし、震える声で言った。

「あ・・悪魔の子・・・悪魔の子が・・私を殺しに戻ってきた・・・そう、殺しなさい、何もかもみんな殺してしまえばいいのよ・・ふふふ・・ほほほほほ・・・おーっほっほっほっ!」

「フ、フローディテ様!」

セメは慌てて近寄ると、ゼノーを指したまま笑いつづけている彼女を今一度しっかり抱きしめた。

「フローディテ様、お気をしっかり!フローディテ様っ!」

セメは他に術も思いつかず、思いっきり彼女の頬を叩いた。

「!」

一瞬彼女は我を取り戻したかのように笑いを止めた。

「フローディテ様?」
セメがその腕の力を少し緩めた時だった。

「いや・・・いや、来ないで・・・来ないでぇーっ!」
恐怖に震えたフローディテは後ずさりしながら叫ぶと、くるっと向きを変え城に駆け込んで行く。

「こ、この悪魔!お前たちの為にフローディテ様は・・・・は、早く何処かへ行っておくれ!二度と来ないでおくれっ!」

セメは2人を睨みそう叫ぶとフローディテの後を追って城に入り、バタンと大きな音をたてて扉を閉めた。

消え去った希望

2人はしばらく身動き一つせず、言葉を失い呆然としてそこにたたずむ。
今何があったのか……そのあまりにもの早い展開を、一つ一つ思い出そうとして。

もしかしたら拒絶されるかもしれないとは思っていたが、その出来事は2人の予想をはるかに上回る、悪夢だった。

「クーン、クーン・・・」
二人は狼の親子に舐められてようやく我に返った。

「リリー、ゼノア・・・」
2人は2匹の首に巻きつくと声を出すのを忘れたかのように、そのまま静かに泣いた。

何も悪いことはしてないのに、何故目の色だけのことでこんな目に合わなければならないのか、そう思うと、心が張り裂けそうだった。

ウソだ、これは夢なんだと思いたいほどの現実。

「クンクン・・」
リリーがパンの入っているバスケットをくわえてきた。

そんなもの、と捨てようと思ったゼノーだったが、空腹には耐えかね、バスケットを持つと狼たちと一緒に食べる。

そして空になったバスケットを扉の横に置くと、とぼとぼと歩き始めた。

「兄様・・・何処へ?」
何も言わないゼノーを心配してリーが慌てて駆け寄る。

「分からない・・・」
2人と2匹は、あてもなく再び森の中へと入って行った。

 

▼その6につづく…

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