月神の娘

続・創世の竪琴【月神の娘】12・ハーレクインロマンスの誘惑

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救世の月巫女としてどんどん神格化されていく渚の利用価値を算段する国王と王子。
世界中の女の子のあこがれ、まさにハーレクインロマンスを地で行く王子の熱くもソフトな誘惑に思わずぼーっとするのは当然?

月神の娘/12・ハーレクインロマンスの誘惑

このページは、異世界スリップ冒険ファンタジー【創世の竪琴】の続編、【MoonTear月神の娘】途中の展開です。
渚の異世界での冒険と恋のお話。お読みいただければ嬉しいです。
(異世界スリップ冒険ファンタジー【続・創世の竪琴・MoonTear月神の娘】お話の最初からのINDEXはこちら
月神の娘のこの前のお話は、ここをクリック

ハーレクインロマンスの危機

「わー・・かわいい~・・・それにとってもきれい・・・・」

中庭で渚は月下蝶の美しさに目を奪われる。

淡色系の青、黄色、緑、ピンクそして白と色とりどりにまざって咲き誇るそれらは、まるで幻想的な蝶の舞いのようだった。

直径5cmほどの蝶の形をした花びらは、今にも羽ばたきを始めそうに思える。

「きれいでしょう?」

「はい。」

大木の下の花壇。
王子が差し出したランプの灯りに照らされた月下蝶は、まるで灯りに引き寄せられてきた本物の蝶のように美しかった。

その花壇のすぐ前にあるベンチに座り、渚はイオルーシムのことも闇世界の事も忘れ、見入っていた。

「まるで蝶の形をした宝石とでも言ったらいいのでしょうか。」

「はい。」

王子は、花に見入っている渚の横顔を見つめながら、そっと彼女のすぐ横に座る。

「でも、私にとってはあなたの方が・・・」

「え?」
途中で言葉を切った王子の方を渚は向いた。

「月下蝶は、確かに美しい花です。
それはまるで可憐な乙女。
でもそれは月があってこそ美しく咲き誇ることができるのです。
美しく輝く月の恩恵を受けて。」

-どきっ!-

振り向いたすぐそこにあったドアップの王子の顔とその言葉に、渚の心臓が大きく鼓動した。

(お、落ち着いて、渚!)
大きく高鳴り始めた心臓に、渚は言い聞かせる。

柔らかな物腰と、金髪碧眼とはいかなくても明るい茶色の髪と瞳の目の前の人物は、話の中から抜け出てきたような王子ではある。

が、渚にとっての王子様はイオルーシムなのである。
王宮へ来てからずっと渚のことを気遣い、やさしく親切に接してくれていても、渚の会いたい人物は変わらない。

(王子なんだから・・何も私のような普通の子なんか相手にしなくても。)

そう思った渚は、あることを思い出す。

それは、ここでは渚は普通の女の子ではなかったこと。
『月巫女』・・・本人の気持ちとは裏腹に、今や完全に渚の別名となっているそれは、過大誇張され、ありとあらゆる賞賛に修飾され、全てにおいて本人を遙かに上回った救世の人物。

ちょっとおっちょこちょいでどこにでもいるようなゲーム好きな女の子・・・という自分の世界の評価は、当てはまらない。

どう逆立ちしてもあり得ない本物の王子とのおつき合いは、渚が世界を救った少女だから可能になったことであり、そこには素の渚自身はないように思えた。

「渚、私は初めてあなたにお会いしたときから・・・あなたこそが運命の人だと・・」

(ち、ちょっと待て!車は急に止まらない!)

渚は止まりそうなほど高鳴っている心臓を叱りつけていた。

(か、勘違いしちゃだめよ、渚!王子が見ているのは私じゃないのよ!
救世の月巫女なんだから・・・・)

それでも、頬に、いや、顔全体に火照りを感じ、心臓はますます早く鼓動する。

まるで小説か映画の中のようなこの展開。
女の子なら誰しも憧れるシチュエーション。
その上相手は本物の王子様。(しかも、かなりカッコいい部類に入る。)
文句なしのハーレクインロマンス!

-すくっ!-

渚をそっと抱きしめようとした王子は、不意に勢い良く立ち上がった彼女に多少驚きながらも咄嗟にその手を掴んで見つめながら立ち上がる。

「渚・・私ではだめなのですか?」
渚を引き寄せて熱い視線を送り、有無を言わさぬ王子の態度。

(だ、だれか・・・助け・・・)
渚は心の中で思いっきりSOSを出していた。

王子のうす茶色の瞳が月明かりを弾き、悲しげにそして熱っぽく揺れていた。
あくまで静かに控えめにそして上品に。

いっそ乱暴に出てくれれば思いっきりビンタでも入れて逃げるところなのだが、これではそうもいかない。

この状況でそれができる女の子がいたらお目にかかりたいものである。
たとえ王子に恋をしていなくても、胸をときめかさない女の子なんているはずがないと思われる完璧なまでの王子の甘い捕獲作戦。
それは獲物にそっとからみつく目に見えない甘いクモの糸。
心の叫びとは反対に、渚は身動きがとれなくなっていた。

「渚…私は無理強いをしようとは思いません。
ですが、私はあなたのお傍でこうしてあなたをお守りしていたいのです。」

「………」

「私はあなたの忠実な下僕でありたいのです。
命を賭してあなたを生涯守りぬく許可をいただけませんか?
あなたのすぐ傍らで、いつもあなたと同じモノを見、同じモノを感じ、あなただけの騎士でありたいのです。…渚……。」

圧倒されて動けなくなっている渚の髪に、そっとやさしく梳くように手を入れると、手で包み込んだ渚の髪の一房に口づけをする。

(イル!…ど、どうしよう?う…動けない……)

「渚……」

抵抗する気配のないことを良しと判断した王子の手が渚の肩に回り、そのまま自分に引き寄せ、もう片方の手が渚のほほにかかる。

「渚、私の月姫…愛してま……」

(ま、待って!私、OKしてないっ!イル!助け……)

「失礼!」

-ぐらり・・-

「え?」

王子の顔が息がかかるほどまで近づき、もうダメ?と思った矢先、王子のものではない太い男性の声がすると同時に、王子が渚に倒れかかる。

「え?」

渚の上に覆い被さってくる直前、王子の身体は横にそれ、そのまま地面に倒れた。

「え?・・あ、あなた・・・・」
渚は倒れた王子と、目の前の人物を交互に見て驚いていた。

「ご無事でなによりでございます。月姫様」

渚の前に恭しく跪いたその人物は、他でもない、闇の浮遊城にいたミノタウロス。

「月姫様の叫びを聞いたように思ったものですから、急ぎ波長を合わせ馳せ参じました。」

「は、波長を?・・そ、それに王子は?」

つい今し方まで真っ赤だったその顔は完全に青ざめていた。
王子になにかあったら一大事である。

「ご懸念には及びません。
月姫様との約束でございますれば、傷もつけてはおりません。」

「で、でも・・・」

「眠っているだけでございます。」

そういえば、安らかな寝息が聞こえる、と王子をのぞき込んだ渚は納得する。

「しかし、このような危険人物のいるところに月姫様をおいておくわけにはまいりません。」

あのシーンをミノタウロスに見られたのかと思うと、今更ながら真っ赤になった渚だが、不意に、周囲の月下蝶がふわりと茎から離れたことに驚く。

「え?」

渚は自分の目を疑った。
月下蝶が本当に空を舞い始めたからである。

「あ…これ・・・?」

驚く渚とは反対に、ミノタウロスは目を細めて嬉しそうに頷く。

「そもそもこの月下蝶は、闇世界の花なのでございます。
闇世界へ侵入した人間どもが持ち帰ったのでしょう。
ですが、ちょうどよいところにございました。
このおかげでここへ来ることができ、そして、月姫様をお連れ致すことができます。」

「え?この花があるから?」

「この花が茎から離れるときは、月下蝶が終わりを迎えるとき。
花が蝶となって舞い、闇世界へ帰るのです。
私たちはその蝶の舞いに乗って帰ることができます。」

「・・・蝶の舞い?」
渚は自分の周りをふわりふわりと舞う月下蝶の美しさに見入っていた。

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帰城

「え?・・・ここは?」
すうっと周囲の月下蝶がその姿を消したとき、渚はミノタウロスとともに、浮遊城の月神の間にいることに気づく。

「もう…着いたの?」

「はい。それに、一度向こうへお帰りになられませんと。
向こうでの時が動き始めます。」

にこりと微笑んで言ったミノタウロスの言葉『向こう』とは渚の世界の事を意味していた。

自分が闇の女王となるのを承諾する条件として、洋一のこと以外にも渚は思いついたことを立て続けに提示していた。
やけっぱちのそれらは、ほとんど聞き届けられていた。

  1. 洋一を助け元の世界へ戻すこと。
  2. まだ家族や友人とのことなど割り切れていないから、向こうで騒ぎにならないように、時を見計らって帰してくれること。
  3. 勝手に闇王を決めないこと。
  4. 相手が闇の住人であろうとなかろうと、むやみやたらに殺さない、攻撃しない、脅かさない。
  5. 人間界での探索は私に任せること。

「ホントに帰っていいの?」

まさか本当に帰してくれるとは思っていなかった渚は、ミノタウロスに聞き返す。

「月姫様との約束を反故にしてどうするというのでしょう?
それこそ、ここに留れなくなってしまいます。
ですが・・闇王様ご不在の今、月姫様がこの世界から出られるということは・・確かに、闇世界そのものが不安定となりますが・・。」

「不安定に?」

「あ、いえ、大丈夫でございます。
不安定と申しましても前月姫様のご意志に守られ、そして現月姫様であられるあなた様のお心がこちらに向いている今、以前のように無に浸食されることはありますまい。」

渚の表情が陰ったのを素早く悟り、ミノタウロスは付け加えた。

かといえ、無の空間になった場所を元に戻るわけではなかった。

それは、そうするには、人間界でイオルーシムと力を合わせたように、闇王との協調が必要だった。
心を一つにし、奏でる竪琴の音が必要だった。
男神と女神の創世の竪琴の音が。

(イル………どこにいるの?)

 

▼月神の娘・その13へつづく

続・創世の竪琴【月神の娘】13・絶望

王子の甘い誘惑に危機一髪逃れることができた渚は、一旦闇の浮遊城に戻ってから自分の世界に帰り、日常に戻る…のだが、作成中の「創世の竪琴の続編」の展開を高校の後輩から聞き青ざめる。 もしも「創世の竪琴」の ...

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